Can women save Japan?? Yes, we can!!

IMF専務理事ラガルド氏を招いて日本の経済成長の鍵は女性の就業促進であるという主旨の番組をやっていた。
ほとんどの専業主婦はパートタイム勤務で仕事に就きたいと考えているという調査結果が出ているそうだ。
ライフワークバランスを考えたときににフルでがむしゃらに働く事の難しさを知ってなのか・・・
働きたくても働けない。
子供の預け先がない・・・
病気をしたら妻、夫どちらが休む?もちろん妻??
懸命に働いても結局正社員より給料は少ない・・・
などなど考えだしたら再就職から足が遠のいてしまう現実。 続きを読む

幼い子供を保育所に入れ働くと必ず通る道

幼い子供を保育所に預け働くと最初の2年~3年は保育所からのお迎えコールに
ビクビクする日々、ワーキングママなら避けて通れない道である。
「○○ちゃんお熱です。お迎えに来てください!」
「ああ、またか・・・。」
近所に両親がいない私はとにかく上司に事情を説明し早退をせざる負えなかった。
2人の娘を持つ私、いっぺんに子供は都合よく熱を出してくれない・・・
交互に仲よく発熱していた。
病院に赤ちゃんの次女と2歳そこそこの長女を連れていく日々。
こんなんじゃ仕事、首になるのではないかと気が気でなかった。
自分の体もヘトヘト。
そういうワーキングママを支援する仕組みが日本にはない。
どうにもならないのだろうか? 続きを読む

パワハラに悩んでいる人は沢山いる でも頑張る必要はないかもしれない

少々、リアル過ぎる告白を前回してしまったかもしれない。
それには理由があった。
現在3万人を超える日本人が自死を選んでしまう世の中である事は周知の事実。
健康、仕事、金銭色々事情は違ったかもしれない。
でも少し立ち止まる時間があってもいいのではないか・・・
私自身もそこに気付くには時間を要した。
どん底まで落ちた人間が今、楽しい家族と仲間に囲まれて生きている。
何とかなったんだと知ってほしかった。
私がパワハラを受けている間、陰で心配をしてくれた人はいたが表では誰も助けてくれなかった。
明日は我が身だとみんな知っていたから。 続きを読む

3年のブランクを経て社会復帰後の壮絶な現実

復職後、私は証券事務を担当した。
電話での応対、窓口での手続きなどなど一般的な仕事を担当した。
それなりに楽しかったが、もう少しスキルアップできる自信もあった。
2年間の内勤事務を経て上司の薦めもあり営業職に転換することになった。
採用試験も受け、当然かもしれないが採用され派遣から直採の社員となった。
2006年、株式も好調、為替も円安、成績も好調、順風満帆だった。
2年で300件の新規開拓にも成功。
そこそこ成績は社内でも知られる存在になっていた。
だが、そういい時期は続かないのが世の常なのだろう・・・
全てはリーマンショックで崩壊することになった。 続きを読む

~就職氷河期に社会に出てから現在に至るまでを手短に~

私は就職氷河期と言われた1995年に社会人になった。
不本意にも望みとは全く無縁の某大手証券会社へ入社した。
もともとは英語を活かした仕事を目指していたのにだ。
とにかく採用数がガタンと減った年だった。
航空業界は採用ゼロ、ちょうどCAが契約社員方式に採用方式が変わった頃。
ホテル業界に狙いを定め受験、2つのホテルで最終面接までこぎつけた。
なのに最終で2つともスコーンと落とされてしまった。
時期はすでに8月初旬。 続きを読む